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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)384号 判決 1968年11月28日

控訴人 西武石綿工業株式会社

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 植田義昭

被控訴人 中谷藤弥

右訴訟代理人弁護士 吉沢祐三郎

主文

1、本件控訴をいずれも棄却する。

2、控訴費用は控訴人らの平等負担とする。

3、本件について当裁判所が昭和四三年二月二二日にした強制執行停止決定を取消す。

4、この判決は、前項にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人と控訴人らとの間の、東京法務局所属公証人伊東勝作成昭和四一年第三一七八号債務弁済契約公正証書および豊島簡易裁判所昭和四二年(ノ)第六一号債務協定調停事件につき同年五月二四日成立の調停調書に基づく強制執行は、いずれもこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、双方代理人において次のとおり付加訂正したほかは、原判決の事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目表末行に「被告から」とあるのは「訴外国際石綿株式会社から」の、同裏二行目から三行目に「金一〇万円以上あて」とあるのは、「金一〇万円以上ずつ」の誤記であることが明かであるから、これを訂正する)であるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、原判決四枚目裏六・七行目に「第一の債務名義条項(二)に基づいて、三回分以上怠ったとして」とあるのは「第二の債務名義条項(三)の条件が成就したものとして、第一の債務名義に基づく」の誤りであるから、これを訂正する。

二、(1) 被控訴人は昭和四二年三月一〇日訴外国際石綿株式会社(以下国際石綿という)から第一の債務名義に表示の債権を譲り受け、右債務名義に承継執行文の付与をうけて、控訴人に対し強制執行をしたのであるが、右債権譲渡は専ら強制執行による取立のためにされたものであるから、信託法第一一条の規定、ないし弁護士代理の原則に違反し、無効である。

(2) 第一の債務名義に表示された債権額の金五四七万五九二五円は控訴人と国際石綿との間において次の債権の合計額から他への振替分の五五万円を控除したものとして算出したものである。

(イ)  国際石綿より控訴人に対する昭和四一年一〇月三一日現在における石綿の売掛残代金五〇八万八一七五円

(ロ)  同年八月二五日満期の手形金債権二八万五〇〇〇円

(ハ)  日本油乳糧食株式会社振出、満期同年一〇月二一日、控訴人裏書の約束手形金債権三八万九〇〇〇円

(ニ)  東洋オイルレス工業株式会社振出、満期同年一一月二八日、控訴人裏書の約束手形金債権二六万三七五〇円

しかし右債権のうちの合計金一〇五万五二五〇円は次のような事情で第二の債務名義が成立(昭和四二年五月二四日調停成立)する以前に既に消滅していた。

1、日本油乳糧食株式会社は昭和四一年一一月八日右(ハ)の約束手形金の内金一八万九〇〇〇円を現金で直接国際石綿に支払った。

2、国際石綿は前記(イ)の債権の内金六〇万二五〇〇円を訴外東洋石綿工業株式会社に譲渡し、同年一一月二六日その旨控訴会社に通知してきたので、控訴会社は昭和四二年五月一〇日までの間に東洋石綿に対して右債権の全額を支払った。

3、東洋オイルレス工業株式会社は前記(ニ)の手形金の全額について、満期の日に国際石綿に対し支払をした。

(3) 以上のとおり、国際石綿より被控訴人への、第一の債務名義表示の債権の譲渡は無効であり、またその一部は既に消滅していたのに拘らず、控訴人は右債権譲渡は有効でその全額が残存していると誤信して第二の債務名義(調停調書)の作成に応じたのであるから、この調停は控訴人にその要素に錯誤があり無効というべきである。

(4) 仮りに右の主張が理由がないとしても、右調停は、被控訴人が控訴人らの無思慮、窮迫に乗じ、不当の利を得るために成立せしめたものであって、公序良俗に反し無効であり、右調停調書による強制執行は権利の濫用として許されない。

(5) 仮りに右(3)および(4)の主張が理由がないとしても、前記(2)のとおり、本件第二の債務名義に表示された債権のうち合計一〇五万五二五〇円は、はじめから存在せず、控訴人はその後昭和四二年一二月一五日までの間に(原判決事実摘示中の請求原因三に記載のとおり)合計八〇万円の支払をしているから、被控訴人が第一の債務名義により執行を続行してきた同年一二月一六日までの間において、第二の債務名義の条項(二)に定められた割賦金三回分以上の不履行はないこととなる。したがって同条項所定の条件はまだ成就していないから、本件の第一および第二の各債務名義によって強制執行をすることは許されない。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人ら主張の右二の事実中、(1)の国際石綿より被控訴人への本件債権の譲渡が専ら強制執行による取立のためにされたとの点および(2)ないし(5)の各事実はいずれも否認する。

二、控訴人らはその主張の前記二の(2)および(5)と同様の主張をして調停申立をし、同調停においてこの主張を引込めて第二の債務名義たる調停調書を成立させたのである。

(証拠)≪省略≫

理由

一、当裁判所も控訴人らの本訴請求は、いずれも認容しえないものと認める。その理由は、控訴人らの当審における新たな主張について、次のとおり判断を付加するほかは、原判決の理由の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、当審における新たな主張に対する判断

1、被控訴人が訴外国際石綿株式会社から第一の債務名義に表示の債権を譲り受け、右債務名義に承継執行文の付与をうけて、控訴人らに対し強制執行をしたこと、は当事者間に争がない。

控訴人らは、右債権譲渡は専ら強制執行による取立の目的でされたと主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はない。したがって、控訴人らの二の(3)の主張のうち、右債権譲渡が強制執行による取立の目的でされた無効のものであったことを理由とする錯誤の主張は理由がない。

2、≪証拠省略≫によると、本件の第二の債務名義たる調停調書が作成されるに至った経緯は次のとおりであることが認められる。国際石綿は本件の第一の債務名義に表示の債権を被控訴人に譲渡し、昭昭四二年三月一〇日その旨控訴人らに通知した。被控訴人は同年同月一五日第一の債務名義につき承継執行文の附与をうけて、同年四月七日控訴人ら所有の有体動産に対し強制執行を開始した。控訴人らは同年同月一四日弁護士沢邦夫、同高場茂美、同菅原隆を代理人として豊島簡易裁判所に被控訴人を相手方として調停申立をし、「相手方(被控訴人)は第一の債務名義に表示の債権のうち残存するものは金四四二万〇六七五円のみであることを認め、これを申立人(控訴人)らが相当期間に分割して支払うことを承認する」との趣旨の調停を求め、その理由として、控訴人らが本訴の当審において主張の前記二の(2)および(5)と同様の主張をした。被控訴人が控訴人らの右主張を全面的に争った結果、同年五月二四日控訴人らは、第一の債務名義に表示の債権の元本全額金五四七万五九二五円およびこれに対する昭和四一年一一月一〇日以降完済まで日歩五銭の割合による損害金の支払義務あることを認め、その支払方法を定めて、本件第二の債務名義たる調停調書の成立を見るに至った。右調停成立の日にも控訴人らの代理人として前記三名の弁護士が出席した。

右認定の事実によると、本件第二の債務名義を成立させた右の調停においては、被控訴人の控訴人らに対する第一の債務名義に表示の債権の存否が紛争の目的物とされ、控訴人らは右調停条項において、結局右債権の元本の全額および損害金債権の存在を認めたのであって、控訴人らが右債権の存在を認め、これにつき分割払の方法を定めたのは、もとより相互の譲歩によるものであり、したがって右調停は一の私法上の和解の性質を有するものといわなければならない。

されば、右調停において紛争の目的とされた債権を被控訴人が有することを、控訴人らが調停調書において認めた以上は、たとえ調停後に至り、調停において控訴人らがこれを認めたことが、控訴人ら主張(前記二の(3)のうち、すでに判断をした部分をのぞく)のような錯誤にいでたものであることが判明したとしても、右調停は無効とさるべきでなく、民法六九六条によりその効力を妨げられないと解するのを相当とする(昭和三八年二月一二日最高裁第三小法廷判決、民集一七巻一号一七一頁参照)。

3、したがって、控訴人らの二の(1)(2)(3)の主張は、本件第二の債務名義については理由がなく、右(1)および(2)の主張が本件第一の債務名義に関するものとしても、(1)は請求に関する異議の事由として主張することは許されず、(2)は前記のように、同一の債権について第二の債務名義が有効に成立した以上は、もはやこれを主張することは許されないといわなければならない。

4、控訴人らの二の(4)の主張について。

右調停は前記のとおり控訴人ら代理人の弁護士三名の申立によってされ、同弁護士らの出席のもとに成立したものであり、また、調停という手続によってされたこと、および調停条項の内容からしても、そこで成立した合意が控訴人らの無思慮、窮迫に乗じ、被控訴人に不当の利益をえさせるためにされたとは到底考えられない。したがって、控訴人らの公序良俗違反ないし権利濫用の主張も理由がない。

5、控訴人らの二の(5)の主張について。

本件第二の債務名義に表示の債権のうち合計金一〇五万五二五〇円が右債務名義成立以前に既に消滅していたとの点は、やはり民法六九六条の規定により、もはやこれを主張することができない。そして控訴人らの主張は右債権の一部の消滅を前提とするものであって、到底これを採用することができない。

三、よって本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を、強制執行停止決定の取消およびその仮執行宣言について同法五四八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 松永信和 小林信次)

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